2021年12月11日土曜日

Wien bridge oscillator の作製


ADC の評価用に 1kHz の低歪な正弦波信号源が欲しかったので、ウィーンブリッジ発振回路を組んでみました。
振幅制御には手に入りやすい 100V 5W のナツメ球を使用しています。

DC12V 電源で動作し、出力レベルは 1.8Vrms 程度(終端開放時)です。

作製した正弦波発振器
電源スイッチはなく、出力用 BNC と振幅調整 VR のみ

ケース内部の様子

ナツメ球が鎮座しています・・。
回路はよくある電球を使った Wien bridge oscillator そのままです。水色の多回転VRは周波数微調整用です。コンデンサはフィルムタイプを使用する必要があります。高誘電率系のMLCCなんかを使うと盛大に歪みます・・・お試しあれ(笑
銅箔テープで包まれた部品は 12V入力±12V 出力の絶縁型 DCDC です。DCDC 出力には LCフィルタと 2SC2120 を使ったリップルフィルタが入っています。オペアンプには低歪の LT1469CN8 を使用しています。

綺麗な正弦波信号が出力されています

出力信号の歪み率を測定するために、オーディオ用 ADC に接続している様子
ADC には E1DA Cosmos ADC (Grade A) を使用
(搭載 ADC は ESS Technology 製 ES9822 PRO, 32bit, DNR=128dB)

WaveSpectra で測定している様子

THD は 0.00007%(-123dB)、THD+N は 0.00029%(-110dB) と非常に低歪な信号が得られました。
振幅制御にナツメ球を使用しているデメリットとして、本体を振動させると振幅が揺らぐ(AM変調が掛かる)が挙げられます。フィラメントの振動が抵抗値の変化として観察され、ゲイン制御が不安定になるようです。車載など振動が避けられない場合は LED と CdS セルを向かい合わせたアナログフォトカプラでゲイン制御するのも有りだと思います。

せっかくなのでオペアンプを色々変えて歪み率を測定してみました。

① ド定番 LM358
LM358 は比較的重たい負荷を駆動するときには出力段がB級動作をします。B級動作ではクロスオーバ歪が増加するため高調波が多く発生します。オシロスコープの波形では特に目立ちませんが、スペクトラム表示を見ると LT1469 との差は明らかです。
THD は 0.045% まで悪化しました。スピーカを通して耳で聞いても私の耳には違いがわかりません・・(笑)





② コスパ最強 NJM4580DD
オーディオ用を狙って作られた高出力電流&ローノイズかつそこそこ帯域も稼げる(GBW15MHz)オペアンプです。秋月で単価30円という破格な割に高性能なのでよく使います。シリーズレギュレータの制御用に使用すると LM358 よりも一段と低ノイズな性能が得られます(そのうち記事を書きます・・・)
THD は 0.00057% となりました。非常に優秀です。



③ ローノイズ NJM5532DD
NJM4580DD と同クラスのオペアンプです。入力換算雑音電圧が5nV/√Hz@1kHzと低雑音です。また、動作電圧範囲が±22Vまでと高耐圧です。秋月で単価80円です。
THD は 0.00045% となりました。NJM4580DD と比較すると、4次以降の高調波レベルがかなり落ちています。600Ωをドライブするパワーもあり中々頼りになりそうな石ですね。



④ ゼロドリフトオペアンプ ADA4522-2ARMZ
チョッパー技術を使用した超低オフセット電圧(5μV max)、ローノイズのオペアンプです。低周波用LNAの作製でも使用しました。
THD は 0.00095% となりました。NJM4580DDと比較すると高調波のレベルが若干大きいですが、優秀ですね。



⑤ 番外編 ファンクションジェネレータ RIGOL DG1022Z
実験用信号源として活躍中のファンクションジェネレータです。1kHz 正弦波を出力してスペクトラムを見てみました。歪、ノイズともにオペアンプで構成した発振回路には及びません。25MHz の帯域を持っているので同じ土俵で比較するのも失礼ですが。外部から GPS 同期の 10MHz を供給しており、周波数精度は抜群に良いです。



⑥ 番外編 オーディオ用アイソレータ
以前作製したトランス式のアイソレータの歪を測定してみました。発振器のオペアンプは LT1469CN8 です。
THD は 0.00055% で良好でした。2,3,5次の高調波が若干増えています。




【参考情報】
・・・ アナログフォトカプラを使用した低歪正弦波発振回路


以上

2021年11月13日土曜日

オーディオインターフェース接続用 アイソレータBOXの作製

前回に引き続き、便利な測定治具を作りました。

比較的低周波(20Hz~22kHz)の微小信号の簡易測定には、市販のオーディオインターフェースが使えます。最近はハイレゾの流れもあり、高分解能&高速サンプリング可能な ADC を積んだオーディオインターフェースが安価に手に入ります。

オーディオインターフェースのライン入力 or マイク入力に、測定したい信号を入れてやり、飽和しない程度のゲインに調整した後、PC ソフト(例えば WaveSpectra や Audacity)上で信号を観測できます。

測定対象物が電池駆動でフローティング状態にできるのであれば特に問題になりませんが、直流安定化電源やオシロスコープなどと GND を共通にしている場合には、GND ループによるノイズの侵入で S/N が低下し正確な測定ができません。

そこで今回はライン信号用トランスを使用したアイソレータBOXを作ってみました。
と言ってもトランスを箱に入れてコネクタを取り付けただけの簡単工作ですが・・・。


中身はこんな感じになっています。


丸座絶縁BNCコネクタ(秋月:C-00093)→ トランス(松下通信工業 IT-1107)→ XLR コネクタ(NEUTRIK NC3MD-LX-HE)です。信号用トランスには1次2次間のシールドがあり、このシールドを XLR コネクタの GND およびケースと接続しています。トランスを固定するホルダは3Dプリンタで作成し、ケースとは強力両面テープで固定しています。


FlashPrint5 から UI がイケてる感じになりましたね


ジャストフィット!

トランスの詳細スペックは不明ですが、おそらくライン入力用のトランスだと思います。
1次2次間、1次シールド間の耐圧は 1000V 以上ありました。


1次2次間の絶縁抵抗測定(DC1000V印加)

以前作成した LNA と接続して使用している様子です。


せっかくなので、特性を見てみました。
オーディオインターフェースには Steinberg の UR22mkII を使用しています。
アイソレータBOX との接続は約 2m のシールドケーブル(線材は CANARE L4E6S BLACK)を使用し、バランス接続しています。


CH2(R) にアイソレータ接続。ゲインは3目盛りくらいに設定

まずは入力端子を終端した状態で測定。紫色は1000回のアベレージング波形です。
ノイズフロアは -140dBFS くらいです。


次に 10Hz 20Hz 100Hz 1kHz 10kHz 20kHz 1uVrms 正弦波 を入力しました。
概ね 20Hz~20kHz でフラットな特性です。








次にリニアリティを見てみます。
周波数は 1kHz 固定で、10uV ~ 100mV を 20dB ステップで入れてみました。
信号源は SG (RIGOL DG1022Z) + 60dB ATT です。

結果は以下の通りで非常に良好でした。ゲインつまみは3目盛りです。
1uV → -111.21dBFS
10uV → -91.00dBFS(+20.21dB)
100uV → -70.94dBFS(+20.06dB)
1mV → -50.83dBFS(+20.11dB)
10mV → -30.78dBFS(+20.05dB)
100mV → -10.78dB(+20.00dB)

ゲインつまみを最小にすると 1uV 入力時に -120dBFS となり dBV として直読ができて便利です。

最後にIMRR(Isolation Mode Rejection Ratio)について見てみます。
ここでは、ゲインつまみを最小にして実験しています。
絶縁トランスを入れているとは言え、1次2次の容量結合によりコモンモード成分(アイソレーションモード成分)が多少は伝わります。また、周波数が高くなるほど IMRR は悪化する傾向があります。測定方法は、入力端子を短絡し、ケースと短絡された入力端子間に正弦波交流電圧を印加して2次側に漏れ出る信号をオーディオインターフェースで観測します。
印加周波数は 60Hz と 1kHz、10kHz の3パターンとしました。


IMRR 測定方法(コモン電圧印加の様子)

■60Hz
・シングルモード 10uV入力時に -99.64dBFS
・コモンモード 1V印加時に -124.88dBFS
→ IMRR = 124.88 - 99.64 + 100 = 125.2dB

■1kHz
・シングルモード 10uV入力時に -99.87dBFS
・コモンモード 1V印加時に -98.57dBFS
→ IMRR = 98.57 - 99.87 + 100 = 98.7dB

■10kHz
・シングルモード 10uV入力時に -98.88dBFS
・コモンモード 1V印加時に -67.54dBFS
→ IMRR = 67.54 - 98.88 + 100 = 68.66dB

市販のアイソレーションアンプでは 60Hz で 180dB 程度確保できているものもあるため、あまり良いとは言えないですね。微小信号観測時には GND 接続に注意しなければなりません。

~おわり~

2021年9月23日木曜日

低周波用LNAの作製

周波数帯域 0.1~1000Hz、ゲイン 60dB、雑音6nV/√Hz の LNA を作製したので紹介します。

本アンプをオシロスコープの前段に配置することで、オペアンプや電源ICなどから出力される微小なノイズ信号を高いS/Nを維持した状態で測定することが可能となります。

外観写真

内部写真

回路は非常にシンプルです。

アナログデバイセズの低雑音ゼロドリフトアンプ ADA4522-2 で 60dB の非反転増幅回路を2セット構成し、その出力信号を抵抗で合成することでアンプで生じるノイズの低減を図っています。1セットのみでは出力雑音が 310uV 程度ですが、2セットをパラで接続することで 240uV 程度に改善されました。

電源は12V入力±5V出力の絶縁型DCDCコンバータを使用しています。そのまま使用すると100kHz程度のスイッチングノイズを大量に輻射します。銅箔テープで6面シールドして磁束成分の漏れを抑え、2次側出力にはフェライトビーズを挿入してノイズをカットしています。この対策によりアンプ出力部において、DCDCコンバータ由来のノイズはほぼ観測できないレベルまで低減できています。

ケースにはタカチの TD型アルミダイキャストボックス TD7-10-3N を使用しました。
堅牢な作りの割にアルミ製で加工しやすく、シールド性能にも優れており気に入りました。

回路図(電源回路除く)

アンプの周波数特性実測値です。
入力端子直近に60dBのアッテネータを挿入し、FGから正弦波を入力して出力振幅をプロットしたものです。
概ね期待通りの特性が得られています。

周波数特性実測値

なお、本評価を行う際には、アッテネータの挿入位置に注意する必要があります。
損失が全く存在しない理想的な同軸ケーブルであれば、アッテネータをどこに挿入しても同じ結果が得られますが、現実の同軸ケーブルには僅かな直流抵抗が存在します。FGからアンプまでの同軸ケーブルに生じるコモンモード電流と、この直流抵抗により生じるノイズ電圧がS/Nの悪化を引き起こします。


アッテネータはアンプ直近に入れる


アッテネータをFG直近に挿入した場合は、アッテネータで減衰された微弱な信号に対して、同軸ケーブルのコモンモード電流に起因するノイズが加算されS/Nが悪化します。
⇒ アンプ入力信号 = (FG出力 / ATT) + コモンモードノイズ

アッテネータをアンプ直近に挿入した場合は、FGの信号とノイズ信号の加算値に対してATTが掛かります。
⇒ アンプ入力信号 = (FG出力 + コモンモードノイズ) / ATT
となり、高いS/Nを維持した状態で微弱信号を入力することが可能となります。


雑音性能についても実測しました。
アンプの入力端子を50Ωで終端し、出力雑音(実効値)をオシロスコープで測定しました。
オシロスコープ自身の雑音を差し引くとアンプ単体の入力換算雑音は 240nVrms 程度でした。入力換算雑音密度に換算すると 240nV / sqrt(1000 * 1.571) = 6.05nV/√Hz となります。

入力終端時の雑音レベル(オシロの垂直感度は+60dBに設定)

オシロ単体でDCオフセットをキャンセルした雑音電圧が測定できないため、波形データからExcelで標準偏差を算出

なお、LTspiceでシミュレーションすると入力換算雑音は251nVとなり、実測値と近い値が得られました。




以下はこのアンプを使用して各種電源の評価を行った例です。

YOKOGAWA 7651 10Vレンジで5V出力時。5.23uVrms。
ハムノイズが若干漏れていますが、非常にローノイズです。


KENWOOD PWR18-2TP 0~8V出力端子から5V出力時。50.14uVrms。
770ms周期で謎のドロップがあります。内部のデジタル処理に起因しているのだろうか・・・


NJM12888F33 出力(300Ω負荷時)。23.15uVrms。
ソフトスタート用コンデンサ接続なし

NJM12888F33 出力(300Ω負荷時)。8.77uVrms。
ソフトスタート用コンデンサ 100nF接続

このコンデンサはバンドギャップリファレンスの平滑を兼ねているため、
コンデンサ接続により出力ノイズの低減が図れるようです。


一台作っておけば何かと役に立ちそうです。
さらに帯域を落とした 0.1~10Hz 版もそのうち作ってみたいと思います。

参考資料
・Ultralow Noise Tester: 9V Battery vs. 7805 vs. LTZ1000 (https://youtu.be/XpbDMo8an5w)
・低ノイズ電圧リファレンスの775ナノボルトのノイズの測定 (https://www.analog.com/media/jp/technical-documentation/application-notes/jan124f.pdf)

(2021-11-23)
抵抗の熱雑音の影響を小さくするため、R2を100Ωに変更、R3を撤去(0Ω)しました。
実力で5nV/√Hzくらいになっています。


(2022-04-30)
Analog Discovery Pro 3250 を入手したので、こちらでも周波数特性とノイズ性能を測定してみました。14bit分解能のADCとDACを搭載しており、ダイナミックレンジを生かした計測ができます。(ADCに関しては、25MS/s未満で動作時にはソフトウェア処理で分解能が16bit相当になるようです)

WaveGenの出力をそのままLNAに入力すると、LNAが飽和してしまうため30dBのアッテネータを挿入して測定しました。WaveGenの出力インピーダンスは50Ωのため、RF用のアッテネータがそのまま使用できます。
ADP3250で計測したLNAの周波数特性
Low:(-3dB) = 0.078Hz
High:(-3dB) = 983Hz


ADP3250で計測したLNAの入力換算雑音
入力側を0Ωで終端している。概ね5nV/√Hz以下となっている。

一方、ADP3250からLNAを取り外して、ADP3250の入力端子を0Ωで終端した状態でノイズを測定したのが以下のスクショ。10Hzより下ではADP3250自身のノイズが大きいため測定精度は悪化してしまう。

ADP3250の入力端子を0Ω終端して自身のノイズを測定。
LNAのノイズを見るときには、このノイズを差し引く必要がある。
(CH1のAttenuation が x0.001 となっていることに注意。ADP3250端での入力換算雑音は1000倍となる)


おわり