2021年8月8日日曜日

TDR測定治具の作製(続編)

これは2013年に書いた以下の記事の続編です。
伝送線路の特性インピーダンスの測定 その2(簡易TDR法)

ヤフオクでアナログ帯域4GHzのオシロ(Tektronix TDS7404B)を安価に落札できたため、これを活かすべく過去に作ったTDR治具の性能向上を行いました。前作はユニバーサル基板にリード部品を配置して、信号を取り出す端子も適当に処理していました。今回はより高周波的センス(?)を反映して、接続部はSMA端子としました。また、表面実装部品を採用することで浮遊インピーダンスを小さくし、測定品質の向上を図りました。

↑2013年頃に作った基板


↑今回作った基板

基板は2層1.6mm厚で、中央にGNDプレーン付きコプレーナ導波路(50Ω)を配線したものを使用しました。電源のインピーダンスを極力小さくするため、レジストの上から銅箔テープを貼ってVccプレーンとし、下層のGNDプレーンとパスコンを形成しています。このサイズで100pF程度の静電容量が得られました。これだけだと低周波領域が不足するため追加のパスコンを多数配置しています。アッテネータとディバイダには1005Mサイズの抵抗を使用して極力密に実装します。
回路図は以下のようになっています。
ワンゲートロジックのシュミットトリガインバータで矩形波の発振を行い、バッファ用のインバータを経由して抵抗パワーディバイダに接続されています。バッファ用インバータを無くして発振用インバータで直接アッテネータを駆動しても良いと思います。DUTとMONITOR端子は50Ωで整合されており、50Ω終端可能なオシロに直結して使用できます。

↑回路図


NC7SZ14の電源電圧定格は1.65~5.5Vですが、電圧を高くするほどtr/tfが高速になります。つられてオーバーシュートも大きくなるため3.3~5.0Vくらいの範囲で使うのが良さそうです。
以下にMONITOR端子から出力される波形を示します。
DUT端子は50Ωで終端、オシロの入力インピーダンスは50Ω、アナログ帯域4GHzでの測定です。
Vcc = 5.0V時には10%程度のオーバーシュートが生じますが、割ときれいな立ち上がり波形です。オーバーシュートを無くすためにICの電源ピンのパスコンを色々変えてみたりアッテネータ定数を変えてみましたが劇的な改善は得られませんでした。-3dB帯域が5GHz程度の低インピーダンスプローブを使用し、IC出力端で測定しても同様のオーバーシュートが生じていたため、NC7SZ14の限界のような気がします。

↑Vcc = 3.3V時の立ち上がり特性

↑Vcc = 5.0V時の立ち上がり特性

↑オシロとの接続状態


DUT端子に物理長315mm(SMAコネクタ含む)の同軸ケーブルを接続し、終端状態を変えると以下のような波形がMONITOR端子から観測できます。
光速で信号が反射すれば (0.315*2) / (3*10^8) = 2.1ns 程度かかりますが、実測では3.2ns程度かかっているので波長短縮率が65%程度と計算できます。また、50Ωで終端すると反射がきれいに消えており、同軸ケーブルの特性インピーダンスが50Ωであることも確認できます。

↑終端短絡

↑終端開放

↑終端50Ω


2013年に作った治具では立上り時間が遅く、また高速なオシロも所有していなかったため、このような短いケーブルのインピーダンス測定は困難でした。今作では100mm程度から測定可能なため、基板上の伝送路のインピーダンス測定などにも活用できるかと思います。
Rise timeが100ps未満でオーバーシュートが小さいパルス源を用意すればさらなる性能向上(距離分解能の向上)が可能になります。より優れたICが入手できれば追加で評価してみようと思います。


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以下はALLPCBで製造した1.6mm厚FR-4基板のインピーダンス測定結果です。上記315mmの同軸ケーブルの先にテストクーポンを接続し、50Ω終端にしています。

カーソルで囲まれた領域がDUTの伝送路区間です。この部分の電圧値を50Ω終端時の電圧値と比較することでインピーダンスを算出できます。
DUTの代わりに50Ω終端を取り付けると観測される電圧値は251.89mVでした。例えばDUT Bでは伝送路区間で247.03mVになっています。オシロの終端により反射波の振幅が1/2に低減(反射係数Γも1/2のように見える)するため実際の反射電圧は242.17mVとなります。これより反射係数Γ = (242.17-251.89)/251.89 = -0.03858と求まります。インピーダンスは、Zdut = Zo*(1+Γ)/(1-Γ) = 50*(1-0.03858)/(1+0.03858) = 46.28Ωとなります。DUT Bの設計値は46.3Ωなのでほぼ設計値の値が得られています。

この試作では、W=1.27mm S=0.25mmで設計したGNDプレーン付きコプレーナ導波路(DUT A)が最も50Ωに近い特性となりました。ただし、SMAコネクタ接続部分でインピーダンスが低下しているため、SMAコネクタのフットプリントは改善の余地ありです。(例えばSを大きくするなど)

↑DUT(インピーダンス測定用テストクーポン)


↑KiCadに付属するPCB Calculatorでの計算値

↑DUT A(設計値50Ω、実測値49.22Ω)


↑DUT B(設計値46.3Ω、実測値46.28Ω)


↑DUT C(設計値52.2Ω、実測値50.73Ω)


↑DUT D(設計値50Ω、実測値47.22Ω)

■参考資料

・ Tiny TDR | Hackaday.io (https://hackaday.io/project/164165-tiny-tdr)

・アナログ・センスで正しい電子回路計測 (https://shop.cqpub.co.jp/hanbai/books/42/42031.html)


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2021/8/9追試:

パルスがLow→Highに遷移する際には、NC7SZ14のPin5(Vcc)とPin4(Y)が導通するわけですが、よりインピーダンスの低いGNDプレーンに直接Pin5を接続したほうが特性が改善するのでは?と思い実験してみました。
Pin5をGNDプレーンに接続するため、Pin3はには負の電圧を供給してやる必要があります。
また、バッファ用のインバータを外して発振用インバータの信号を直接アッテネータに入力してパルスを取り出してみましたが、スルーレートの低下はなく十分な立ち上がり時間が得られています。

↑NC7SZ14のピン配置

↑回路図

↑部品実装の様子

↑Vcc = -5.0V時の立ち上がり波形

正電圧版と比較すると、
・立ち上がり時間:247ps → 227ps
・オーバーシュート:10.2% → 7.8%
と若干の改善が見られました。数を見てるわけではないのでICの特性ばらつきの可能性もありますが・・・。インバータを1段にしたことで立ち上がり前のフロアの揺れが消えています。なかなか良い感じだと思います。

市販されているTDR測定用のパルス源には更に高性能なものが存在します。例えば PICOTEST社の J2151A PerfectPulse® Fast Edge Signal Generator など。立ち上がり時間が 32ps でオーバーシュートの発生が生じないことを謳い文句にしています。この製品も出力電圧が0 ~ -500mVとなっており、内部で負電源を生成しているようです。どのような構成になっているのか気になりますね・・・。

比較的安価に高速なパルスを得る方法としては、10Gbps SFP+用のレーザドライバICを使うというものがあります。MAX3798はレーザ変調用信号に 26ps (typ) という非常に高速なtr/tfを実現しており、これを活用してTDR sampler/pulse generatorを構築するプロジェクトがHackaday.ioに投稿されています。なかなか興味深いのでぜひ覗いてみてください。


~おわり~