2022年1月8日土曜日

中華製SMA - N変換コネクタと終端抵抗の話

高周波を取り扱うスペクトラムアナライザや信号発生器でよく見かけるNコネクタですが、そのままだと汎用性がなく扱いづらいので N → SMA に変換して使用されることがよくあると思います。

ここで使用される SMA - N 変換コネクタについて、安価な中華製のものは特性がイマイチなものがあるので注意が必要です。今回、AliExpressで購入した特性不明のコネクタと秋月電子で購入したコネクタを比較してみましたので、その内容について簡単にリポートします。また、終端抵抗の闇についても後半で少し触れます。


左がAliEx、右が秋月(通販コード:C-00106)です。50Ω終端はNano-VNAを購入した際に付属していた比較的特性の良いものを使用しています。

左:AliEx 右:秋月


まずはAliEx製から測定。測定にあたって、FPC1500のキャリブレーションデータは工場出荷時のものを使用しています。本来は専用のCALKitを使用して測定前に校正するのが正しい手順ですが信頼できるCALKitを持っていないので省略します。
AliEx製コネクタの測定

SWR特性

スミスチャート表示

アマチュア無線のUHF帯域(430~440MHz)ではSWRは1.03と十分低いですが、3GHzでは1.46まで悪化しています。スミスチャートで見ると周波数が上昇するに従って誘導性→容量性と変化しているので、等価的には以下のような回路になっていると考えられそうです。
コネクタ + Load の等価回路(推測)

Webブラウザ上でスミスチャートを描画できる QuickSmith で確認すると以下のようなトレースになり、なかなか類似しています。(周波数スイープ範囲は1M-3GHz)
QuickSmith でのトレース結果


次に秋月で取り扱いのあるコネクタを見てみます。測定条件はAliEx製と同じです。
秋月コネクタの測定

SWR特性

スミスチャート表示


3GHzまでSWRは1.03以下と非常に良好です。また、スミスチャートで確認してもほぼ50Ωの純抵抗を示しています。ちなみに、秋月のサイトから参考用のテストデータを取得できます。測定はオス・メスコネクタを連結した状態で行っているようです。S11、S22ともほぼ同特性となっており、SWRも9GHzまで1.05以下と良好です。350円でこの性能はかなりコスパが良いと思います。

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中華製SMA終端抵抗の闇についても触れておきます。
以下にSMA終端抵抗の写真がありますが、まともに使えるのは⑦と⑧のみです。
金メッキで高級感を出しているのかと思いきや、すぐに黒ずんでしまい、手には金属臭が残ります。残念ながら真鍮むき出しのようです。
なお、上記変換コネクタの評価に使用した終端抵抗は⑧です。

中華製終端抵抗たち

SMA-N変換コネクタとして秋月製のものを用いて、⑥の終端抵抗を測定すると以下のような特性となっています。①~⑥はどれも同じような特性です。
終端抵抗⑥のSWR特性

終端抵抗⑥のスミスチャート表示


1GHzで既にSWRは1.2を超えており、AliEx製Nコネクタ以上に特性が悪いです。
なぜこんなに悪いのか気になり、一つ分解してみたものが以下の写真です。
特性の悪いSMA終端抵抗分解の図

なんと、リードタイプの抵抗が入っていました。サイズ的には1/8~1/6W程度でしょうか。
AliExの製品ページには 6GHz 2W まで対応しているように書かれておりますが、流石に無理があるでしょう・・。探せばデータ付きのものもAliExで販売されているので、そちらを購入したほうが良さそうです。単価は少し上がって800円くらいしますが。

AliExで販売されている怪しいSMA終端抵抗の例


安価に特性の良い終端抵抗を入手する方法として、減衰率の高いアッテネータを使用する方法や、SMD抵抗で自作する方法があります。

比較的コスパの良いアッテネータとして、AliExでも取り扱いのあるDC-6GHzまでを謳ったアッテネータがあります。例えば30dBのアッテネータを片側開放で使用すれば理論上はリターンロスが往復分で60dB確保でき、SWR = 1.01以下が確保できます。(実際には接続部のミスマッチや製品の性能的にそこまで出ない)
AliExで販売されているコスパの良いアッテネータの例

AliExで販売されている 30dB ATT を終端抵抗として使用してみた結果が以下となります。怪しいSMA終端抵抗よりも遥かに特性が優れていることがわかります。

30dB ATT 測定の様子

30dB ATT の SWR 特性

30dB ATT のスミスチャート表示


後者のSMD抵抗を使った自作方法について説明します。
エッジマウントタイプのSMAオスコネクタ(これは中華製でも割と許容できる)と150Ωの1608M抵抗を3パラで使用します。コネクタの足をカットして、150Ωの抵抗をほぼ均等間隔となるようにはんだ付けするだけで完成です。中華製コネクタ(金メッキではなく真鍮むき出しなのが欠点)を使用すると1個あたり50円以下で作れ、特性もそこそこ良いです。シールドされていないのが気になる場合は銅箔テープなどで覆ってはんだ付けすれば良いと思います。

自作した終端抵抗

自作終端抵抗 測定の様子

自作終端抵抗 SWR特性

自作終端抵抗 スミスチャート表示

冒頭で使用した終端抵抗⑧には及びませんが、3GHzでもSWRは1.1程度となっており十分な性能です。
より高性能を目指すのであれば、高周波用の薄膜抵抗を使用したり、”まともな” SMAコネクタを使用する、抵抗の数を変えてみる など研究の余地がありますが、その頃には信頼できるCALKit(とても高価)が欲しくなっていることでしょう。高周波沼は散財の危険性が高いので程々にしておいたほうが良さそうです。


~おわり~








2021年12月11日土曜日

Wien bridge oscillator の作製


ADC の評価用に 1kHz の低歪な正弦波信号源が欲しかったので、ウィーンブリッジ発振回路を組んでみました。
振幅制御には手に入りやすい 100V 5W のナツメ球を使用しています。

DC12V 電源で動作し、出力レベルは 1.8Vrms 程度(終端開放時)です。

作製した正弦波発振器
電源スイッチはなく、出力用 BNC と振幅調整 VR のみ

ケース内部の様子

ナツメ球が鎮座しています・・。
回路はよくある電球を使った Wien bridge oscillator そのままです。水色の多回転VRは周波数微調整用です。コンデンサはフィルムタイプを使用する必要があります。高誘電率系のMLCCなんかを使うと盛大に歪みます・・・お試しあれ(笑
銅箔テープで包まれた部品は 12V入力±12V 出力の絶縁型 DCDC です。DCDC 出力には LCフィルタと 2SC2120 を使ったリップルフィルタが入っています。オペアンプには低歪の LT1469CN8 を使用しています。

綺麗な正弦波信号が出力されています

出力信号の歪み率を測定するために、オーディオ用 ADC に接続している様子
ADC には E1DA Cosmos ADC (Grade A) を使用
(搭載 ADC は ESS Technology 製 ES9822 PRO, 32bit, DNR=128dB)

WaveSpectra で測定している様子

THD は 0.00007%(-123dB)、THD+N は 0.00029%(-110dB) と非常に低歪な信号が得られました。
振幅制御にナツメ球を使用しているデメリットとして、本体を振動させると振幅が揺らぐ(AM変調が掛かる)が挙げられます。フィラメントの振動が抵抗値の変化として観察され、ゲイン制御が不安定になるようです。車載など振動が避けられない場合は LED と CdS セルを向かい合わせたアナログフォトカプラでゲイン制御するのも有りだと思います。

せっかくなのでオペアンプを色々変えて歪み率を測定してみました。

① ド定番 LM358
LM358 は比較的重たい負荷を駆動するときには出力段がB級動作をします。B級動作ではクロスオーバ歪が増加するため高調波が多く発生します。オシロスコープの波形では特に目立ちませんが、スペクトラム表示を見ると LT1469 との差は明らかです。
THD は 0.045% まで悪化しました。スピーカを通して耳で聞いても私の耳には違いがわかりません・・(笑)





② コスパ最強 NJM4580DD
オーディオ用を狙って作られた高出力電流&ローノイズかつそこそこ帯域も稼げる(GBW15MHz)オペアンプです。秋月で単価30円という破格な割に高性能なのでよく使います。シリーズレギュレータの制御用に使用すると LM358 よりも一段と低ノイズな性能が得られます(そのうち記事を書きます・・・)
THD は 0.00057% となりました。非常に優秀です。



③ ローノイズ NJM5532DD
NJM4580DD と同クラスのオペアンプです。入力換算雑音電圧が5nV/√Hz@1kHzと低雑音です。また、動作電圧範囲が±22Vまでと高耐圧です。秋月で単価80円です。
THD は 0.00045% となりました。NJM4580DD と比較すると、4次以降の高調波レベルがかなり落ちています。600Ωをドライブするパワーもあり中々頼りになりそうな石ですね。



④ ゼロドリフトオペアンプ ADA4522-2ARMZ
チョッパー技術を使用した超低オフセット電圧(5μV max)、ローノイズのオペアンプです。低周波用LNAの作製でも使用しました。
THD は 0.00095% となりました。NJM4580DDと比較すると高調波のレベルが若干大きいですが、優秀ですね。



⑤ 番外編 ファンクションジェネレータ RIGOL DG1022Z
実験用信号源として活躍中のファンクションジェネレータです。1kHz 正弦波を出力してスペクトラムを見てみました。歪、ノイズともにオペアンプで構成した発振回路には及びません。25MHz の帯域を持っているので同じ土俵で比較するのも失礼ですが。外部から GPS 同期の 10MHz を供給しており、周波数精度は抜群に良いです。



⑥ 番外編 オーディオ用アイソレータ
以前作製したトランス式のアイソレータの歪を測定してみました。発振器のオペアンプは LT1469CN8 です。
THD は 0.00055% で良好でした。2,3,5次の高調波が若干増えています。




【参考情報】
・・・ アナログフォトカプラを使用した低歪正弦波発振回路


以上

2021年11月13日土曜日

オーディオインターフェース接続用 アイソレータBOXの作製

前回に引き続き、便利な測定治具を作りました。

比較的低周波(20Hz~22kHz)の微小信号の簡易測定には、市販のオーディオインターフェースが使えます。最近はハイレゾの流れもあり、高分解能&高速サンプリング可能な ADC を積んだオーディオインターフェースが安価に手に入ります。

オーディオインターフェースのライン入力 or マイク入力に、測定したい信号を入れてやり、飽和しない程度のゲインに調整した後、PC ソフト(例えば WaveSpectra や Audacity)上で信号を観測できます。

測定対象物が電池駆動でフローティング状態にできるのであれば特に問題になりませんが、直流安定化電源やオシロスコープなどと GND を共通にしている場合には、GND ループによるノイズの侵入で S/N が低下し正確な測定ができません。

そこで今回はライン信号用トランスを使用したアイソレータBOXを作ってみました。
と言ってもトランスを箱に入れてコネクタを取り付けただけの簡単工作ですが・・・。


中身はこんな感じになっています。


丸座絶縁BNCコネクタ(秋月:C-00093)→ トランス(松下通信工業 IT-1107)→ XLR コネクタ(NEUTRIK NC3MD-LX-HE)です。信号用トランスには1次2次間のシールドがあり、このシールドを XLR コネクタの GND およびケースと接続しています。トランスを固定するホルダは3Dプリンタで作成し、ケースとは強力両面テープで固定しています。


FlashPrint5 から UI がイケてる感じになりましたね


ジャストフィット!

トランスの詳細スペックは不明ですが、おそらくライン入力用のトランスだと思います。
1次2次間、1次シールド間の耐圧は 1000V 以上ありました。


1次2次間の絶縁抵抗測定(DC1000V印加)

以前作成した LNA と接続して使用している様子です。


せっかくなので、特性を見てみました。
オーディオインターフェースには Steinberg の UR22mkII を使用しています。
アイソレータBOX との接続は約 2m のシールドケーブル(線材は CANARE L4E6S BLACK)を使用し、バランス接続しています。


CH2(R) にアイソレータ接続。ゲインは3目盛りくらいに設定

まずは入力端子を終端した状態で測定。紫色は1000回のアベレージング波形です。
ノイズフロアは -140dBFS くらいです。


次に 10Hz 20Hz 100Hz 1kHz 10kHz 20kHz 1uVrms 正弦波 を入力しました。
概ね 20Hz~20kHz でフラットな特性です。








次にリニアリティを見てみます。
周波数は 1kHz 固定で、10uV ~ 100mV を 20dB ステップで入れてみました。
信号源は SG (RIGOL DG1022Z) + 60dB ATT です。

結果は以下の通りで非常に良好でした。ゲインつまみは3目盛りです。
1uV → -111.21dBFS
10uV → -91.00dBFS(+20.21dB)
100uV → -70.94dBFS(+20.06dB)
1mV → -50.83dBFS(+20.11dB)
10mV → -30.78dBFS(+20.05dB)
100mV → -10.78dB(+20.00dB)

ゲインつまみを最小にすると 1uV 入力時に -120dBFS となり dBV として直読ができて便利です。

最後にIMRR(Isolation Mode Rejection Ratio)について見てみます。
ここでは、ゲインつまみを最小にして実験しています。
絶縁トランスを入れているとは言え、1次2次の容量結合によりコモンモード成分(アイソレーションモード成分)が多少は伝わります。また、周波数が高くなるほど IMRR は悪化する傾向があります。測定方法は、入力端子を短絡し、ケースと短絡された入力端子間に正弦波交流電圧を印加して2次側に漏れ出る信号をオーディオインターフェースで観測します。
印加周波数は 60Hz と 1kHz、10kHz の3パターンとしました。


IMRR 測定方法(コモン電圧印加の様子)

■60Hz
・シングルモード 10uV入力時に -99.64dBFS
・コモンモード 1V印加時に -124.88dBFS
→ IMRR = 124.88 - 99.64 + 100 = 125.2dB

■1kHz
・シングルモード 10uV入力時に -99.87dBFS
・コモンモード 1V印加時に -98.57dBFS
→ IMRR = 98.57 - 99.87 + 100 = 98.7dB

■10kHz
・シングルモード 10uV入力時に -98.88dBFS
・コモンモード 1V印加時に -67.54dBFS
→ IMRR = 67.54 - 98.88 + 100 = 68.66dB

市販のアイソレーションアンプでは 60Hz で 180dB 程度確保できているものもあるため、あまり良いとは言えないですね。微小信号観測時には GND 接続に注意しなければなりません。

~おわり~